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「海から魚が消える日」H22/12/4のBS放送より

本日のNHKのBS放送で「海から魚が消える日」が放送されました。私は、残念ながらチャンネル権が無いので(笑)、クライアントである若き社長サマにその内容をまとめて頂きました。感謝です。

**************************以下原文******************************

 この番組は、人間による漁獲が、既に海の生物資源が回復不可能なレベルにまで増加してしまっているので、きちんと資源管理をしなければならない、という事を科学者達が報告した事について伝えています。

 縮めて言えば、「人口が増えたので、無計画に環境から収奪する事はもはや許されない」、という事になります。

 地球という環境では、外部から得られる太陽エネルギー以外には、何も補充されません。それは閉鎖環境なのです。それに加えて、今現在は地球以外に人類が生存できる場所は得られていません。

 宇宙への入植はまだ可能ではありません。そういう条件下で、その場の人間の都合だけで好き勝手な浪費をすると、地球という環境のストックはどんどん減少します。

「地球」という規模でそれが納得出来ない、という人に説明するためのケースとしては、「イースター島の衰退」が判りやすいかもしれません…。

 面積120平方キロメートル、最も近い人の住む隣の島まで数千キロメートル。かつて森に覆われ、豊かな場所だったその島は、増加した人口を養うためにどんどん島の木材資源を使いつぶし、生態系を破壊し、ついには乏しい資源を巡る島の内部での争いを繰り返し、人肉食が命を長らえる為の手段になるという悲惨な文明崩壊状態に陥ったのです。

 結局、地球も閉鎖環境です。そこに存在している資源の間のバランスを上手くとりながら生活しないと、地球規模でそっくり同じ状態が出現しかねない、という事がいよ
いよ様々な現象として見える段階になってきています。

 人類が文明を持ち続けて」生き延びられるのかどうか…。今ならまだ間に合うという勧告、厳しい行動抑制を要求する勧告を受け入れられるのか、欲望を優先し、目をつぶって目の前の崩壊を存在しないものとして無視するのか…。

**************************以上原文******************************

 如何でしょうか?このような厳しい現実に対し、我々日本人の日常の食生活は有り余って残飯が出ているほど、しかも50年以上の昔では考えられなかったほどの贅沢な食生活。

 一方で年間に何万人もの人間が餓死しているという現実もあります。

 世界的な人口の爆発的な増加や地球環境の破壊によって、いずれ食料危機は必至です。

 そろそろ、我々自身の価値観も含めて、今の資源浪費している生活態度や贅沢な食生活などを見直す時期に来ていると思うのです。

 自分のためでは有りませんよ。将来の日本の、いや未来の地球の子供たち、そして、地球上のあらゆる動植物のためにです。

 さらに言うなら、毎日の食事のたびに

「私たちの日々の食事は、他国の子供たちと未来の子供たちの食生活を犠牲にして、さらに地球上の動植物の命を犠牲にして成り立っている」

 ということを心に刻み込んで、いただくべきだと思いました。そして、もっと質素な食生活に少しずつ戻すべきかもしれません・・・。

 

大寒波の到来!やっぱり地球は壊れている。

某ブログより転載
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/3128639.html

<要約>

今、ヨーロッパに大寒波が襲来しており、ロンドン郊外の空港が大雪で閉鎖2日目、スイス・ジュネーブ空港も一時閉鎖、ドイツも大雪で交通が大混乱。

パリもロンドンも氷点下になっておりますが、『温暖化はどこ行った?』という声は聞こえてきません。何故なら、ヨーロッパの報道機関が、今までの温暖化説の誤りを報じ、一般国民の間で『温暖化説は誤り』という意識が根付いているからなのです。

今、ヨーロッパを襲っています大寒波は地球変動の一つであり、地球は寒冷化に向かっているという専門家の意見を聞き入れ、食糧備蓄をしていた国民が増えてきていたとも言われております。

今の地球規模の気候変動は今後も振幅を激しくしながら更に大きくなっていき、日本・東京でも連日▲10度という厳寒状態になることもあり得ます。

その時の備えは全くという程されておらず、水道管破裂等が起こり、水がない状態になるかも知れませんが、そのような想定は日本ではされていません。

*******************以上、転載おわり*******************

以前、猛暑の折、顧問先向けに地球の熱圏崩壊の記事を掲載しました。
http://www.attoh.com/blog/220824/

暑さ・寒さの調節機能が壊れているのです。(あと、大量の紫外線が降りそそいでいますから冬といえども要注意です。とくに車での運転。)

今回は酷暑から一転して大寒波です。今後、地球は、夏は酷暑ですが短い、そして冬は大寒波で長い、という気候が恒常化し、やがて寒冷化へと覚悟しておく必要があります。

例えば、この夏の酷暑って7月~9月までのわずか3ケ月です。それに対し、この寒さは、おそらく11月から来年の5月が6月までの7~8ケ月の長きに続きます。

日本でも、すでにかなり寒いのですが、この12月から2月は相当な寒さを覚悟しておく必要があるかもしれません。

あと、今後ますます深刻度合いを増すであろう寒冷化の、最も問題となってくるのが、

●食料危機

●伝染病の流行

この2つです。

小麦相場を見る限りでは、まだまだ食糧備蓄は早いとは思いますが、この冬に飲用水の確保だけは、しておいたほうがイイかもしれません。

参考
http://www.y-asakawa.com/Message2010-2/10-message89.htm

 

「坂の上の雲」~NHKの大河ドラマ

いま、NHKで放送中の「坂の上の雲」

明治時代の日本、当時の日露戦争などを主軸に物語が展開されています。主人公は、俳人の正岡子規と、日露戦争で活躍した秋山兄弟

決して戦争を肯定するでも、帝国主義を肯定するでもありませんが、

ただ、この時代の日本には、

あきらかに、今の日本人が失ってしまったもの

「武士道」と「真の独立国家」

この二つが残っていたと、強く感じました。

武士道とは、己を犠牲にして人のために生きる精神

真の独立国家とは、精神的にも経済的にも、他の国からの支配下にない状態の国家

政治も経済も家庭もあらゆるものが、崩壊に向かっているとしか思えない日本の現状。

今の日本人は、いったい何を求めて、どこに向かって、生きているのでしょうか?
 

 
 
ちなみに・・・
 
「武士道」についてですが、私が初めて武士道について知ったのは、高校生の担任の先生から紹介された、

「葉隠入門」(三島由紀夫)

なのです。高校時代から今日まで、繰り返し読んで、私の人生のここぞという時に役に立っています。私に精神的支柱と言ってもいいかも。

この著書の最も有名な言葉

「武士道とは(人のために)死ぬとゆうこと見つけたり」

※人は、(自分が信じた人のために)命を懸けてでも、その役割を果たさなければならない。

こんな意味と解釈しています。

(注)この()内は、本来は「主君」という言葉が入るべきなのですが、原文では省略されています。それは、著者の山本常朝が、独自の解釈で、「自分の愛する人や信じる人のために生きろ」と主張しているのです。全文を読めばそれが理解できるそうで、そのために、当時、この「葉隠」は発禁書となりました。

そして、この武士道の精神こそが、明治維新という奇跡や戦後の高度成長の原動力となったと思っています。

ちなみに、戦時教育でこの武士道が誤った活用のされ方を見てきている80手前の戦中派の実父は、この武士道の真の意味を理解しようともせず、真っ向から否定します。

そのたびに親子喧嘩になります(笑)。

私の今後の残された人生に、ライフワークというものが持てるなら、この「武士道の教えを広く日本の若者に伝えたい」そう思っていますが、今の仕事がね・・・。
 

 

人生を幸福にする3つの事実

人生を幸福にするために必要なことは、次の3つの事実なのではないかと思っています。

①自然との関係性を持つ

これは、個人の幸福レベルを超えて、人類の幸福というべき大きな課題です。自然環境が維持されて、初めて、人間は幸福な人生を過ごせます。昨今の環境破壊による異常気象や自然災害は、深刻な問題なのです。

また、人は自然とふれあうことで幸福感を持つことが出来るようです。ガーデニング、盆栽、釣り、登山、ハイキング、海や山に行くことなど・・・。

自然の対極にあるのが、文明利器の発達です。文明や自然を破壊することが多いようです。文明利器は、人をむしろ幸福から遠ざけるものであることを、多くの著名人が指摘しています。

テレビ、電話、インターネット、携帯メール、テレビゲーム、車、エアコンなど・・・。一見、生活を便利にしているこれら文明の利器ですが、実は環境を破壊し、人との絆を壊し、努力することの大切さを失わせている。文明の発達が人間の退化をもたらすという皮肉な結果です。
 

②人との絆を大切にする

西洋ではこれを「愛」と表現しています。家族愛、親子愛、仲間との絆、隣人同士の絆。現在の日本社会がだんだん失われつつあるものです。

人との絆を大切にするためには、「心の余裕」つまり相手を思いやる余裕が必要です。

そのために、自らの人格を高める意思が必要かもしれません。江戸時代中期に書かれた、武士道の教えを説いた「葉隠」には、こうあります。

「武士道とは死ぬ事と見つけたり」

これは、大事な言葉が省略されています。

「武士道とは(人のために生きて、人のために)死ぬ事と見つけたり」

 

③社会や家庭での役割を果たす(使命感・志)

これは、一般的には仕事のことです。それも自分にとって使命感を持てる仕事。この使命感ある仕事を持てる人はとても幸福だと思います。

この使命感ある仕事は、大概が苦しいものあることが多いのですが、「その苦しさそのものが幸福なんだ」と中村天風師は言い切っています。

また、この社会での役割だけでなく、家庭で父親あるいは母親としての役割もあるでしょう。さらには、子供として両親の面倒を見る役割もあります。例えば、病気や老齢で不自由となった親の介護、大変苦しいものですが、その苦しさに対処できることそのものがやはり幸福なことではないでしょうか。

さらに、この使命感や役割は、別の言い方をするなら「志(こころざし)」です。世のため人のために志を立てること。幕末の志士は、まさに天下国家のために、未来の日本の子孫のために自らの命を捨てていったのです

 

※ちなみに、「幸福感」と「真に幸福な人生」とは違うんじゃないかと、最近思い始めました。

多くの人は「幸福感」を追い求めています。ある意味、苦しさの伴う「真に幸福な人生」は避けているような気がします。

世間一般にいわれている幸福。
↓↓
美味しいものを食べたり、大きな車に乗ったり、大きな家に住んだり、海外旅行に行ったり、会社で出世したり、高い年収を稼いだり・・・。

これらは、一時的な幸福感は有るかもしれませんが、果たして本当に幸福な人生なのでしょうか?

一番いい例が、文明利器のひとつである携帯電話。

先日、家内と近所のレストランに行きました。右隣には若いカップル。左隣には家族連れ。いずれも皆さん会話がほとんど有りません。何をしているのかと思いきや、ひたすら携帯電話を眺めて操作しているのです。

目の前の現実の人を相手にせずに、携帯電話でバーチャル世界の人を相手にしている。これでは、②の「人との絆」は得られないと思いますね。

日本が世界でも屈指の高い所得を得ていても、幸福感が低い人が多い理由かな?と感じた次第です。

(参考)ブータンに学ぶ国民の幸せとは
http://www.murc.jp/report/quarterly/200801/05.pdf#search=

5「ブータン村の風景」からが参考になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜と霧」~心理学者、強制収容所を体験する

「夜と霧 新版(心理学者、強制収容所を体験する)」ヴィクトール・E・フランクル (著)

ウィーンで生まれ愛する妻と二人の子供との幸福を引き裂かれた、フロイトを師とする心理学者ヴィクトール・E・フランクルの強制収容所での心理学者的視点からの体験記です。10年前から、その存在は知っていましたが、どうしても読む勇気が無く今日まできましたが、ようやく勇気をふりしぼって読むことができました。

司馬遼太郎の「飢えることがない社会では自殺は増加する」という卓見通り、自殺者数が3万人以上に推移している自殺大国日本。そこでは、勝ち組とか負け組みという枠組みでしか人の存在意義を見出せない現代の金権資本主義が崩れ去ろうとしています。そして、貧富の差の増加、年金不安、失業率の増加、若者の無気力・失望感など、今後はその精神性において、当時の収容所と同程度の精神的貧困が現実化されるのではと危惧しています。

そして、この極限状態を描いた悲惨な収容所生活、そこでのフランクルの強靭な意志と冷静な心理分析、そして、わずかな人だけでしたが、その人の内的な強さを優しさとを伝えています。

昨今流行の「プラス発想」は、極限状態では意味を成さないとされています。そして、それは、

近々連合軍が助けに来ると期待(プラス発想)して期待を裏切られると内面の安定を保てなくなる。そして、それは、収容所では1944年のクリスマスと1945年の新年のあいだの週に、大量の死者が出た。多くの被収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりな希望にすがっていたからだ。しかしクリスマスが近づいても、いっこうに帰れる雰囲気は無いので、生きる希望を失った被収容者達は崩れていってしまった。

という事実に表されています。

<以下、要点抜粋>

●もはや絶望以外の何も残されていないとしても、愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実。人は、この世に何も残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、一時にせよ至福の境地になれる。

●労働でぼろ切れのように疲れ、土の床にへたりこんでいた時に仲間が叫ぶ「外に出てみろ!」そして私たちは、地平線一杯にこの世のものとは思えない幻想的な赤色で形を変えていく雲と沈みゆく太陽をながめた。だれかが言った。「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

●一日の食事はパン一切れと水のようなスープ、毎日のように目の前で仲間が殺されていく現実。過酷な強制収容所での生活は、人間の自由を奪い、そして感情さえも喪失させる。しかし、ほんの一握りの人にせよ「精神の自由」は奪われなかった人もいる。かつて、ドストエフスキーは、「私が恐れるのは唯一つ、私がわたしの苦悩に値しない人間になることだ」と言った。

●およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。

●被収容者にとってもっとも辛かったのは、この極限状態の期限がいつなのかが、わからないということだった。期限がわからなければ、生きる目的を失い、未来を見据えて生きることが出来なくなると、精神の崩壊現象が始まる。これは、失業などでも同様に起こりうる。あらゆる励ましを拒み、慰めを拒絶するとき、彼らが口にするのはきまってこんな言葉だ。「生きていることに何の期待も持てない」

●必要なのは、生きる意味についての問いを180度転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。

 生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。それは、ある時は運命をみずから切り拓くことを求め、あるときは淡々と運命に甘んじることを求める。

●具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向き合い、この苦しみに満ちた運命とともに、全世界にたった一度だけ存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代わりになることはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみをひきうけることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。

(「たとえ苦しみばかりでも、そこに少しの希望が見えなくても、戦おう。生きるために、生きることをあきらめずに、最後まで力を振り絞って。その命、つきるまで」 父を癌で亡くしたヴァイオリニスト千住真理子さんの言葉)

●生きることは、彼らに何かを期待している、生きていれば、未来に彼らをまっている何かがある。事実ひとりには、父親の帰りを待つ子供がいた。もうひとりをまっていたのは、仕事だった。この仕事が彼をまちわびていたのだ。このひとりひとりの人間に備わっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということに対して担っている責任の重さをまざまざと気づかせる。

●収容所での現状は絶望的である。私達はそれぞれが生き延びる確率は極めて低い。チフスはまだ広まっていないが、生存率は5%と見積もっていた。以上を収容所の仲間に伝えた。しかし、私個人としては、希望を捨て、投げやりになる気は無い、とも言った。なぜなら、未来のことは誰にもわからないし、つぎの瞬間何が起こるかさえわからないからだ。例えば、戦況の劇的な展開は期待できないとしても、個人レベルでは大きなチャンスは前触れも無くやってくることはよくある。ものごとを、わたしたちの状況の深刻さを直視して、なおかつ意気消沈することなく、私たちの戦いが楽観を許さないことは、戦いの意味や尊さを貶めるものではないことを意識して、勇気をもちつづけて欲しい、と言った。

<収容所から開放されて>

●収容所にいたすべての人々は、わたし達が苦しんだことを帳消しにする幸せはこの世にないことを知っていた。わたし達は、幸せなど意に介さなかった。わたし達を支え、わたし達の苦悩と犠牲と死に意味を与えることができるのは、幸せではなかった。多くの解放された人びとが、新たに手に入れた自由のなかで手渡された失意は、乗り越えることが極めて困難な体験であって、精神医学の見地からも克服は容易でない。

<参考>

 フランクル氏の一家はその全員がアウシュヴィッツ等に送られました。そこで、彼の両親、妻、子供たちは、ガスで殺され、あるいは餓死しました。彼だけが、この凄惨な収容所生活を経て、生きのびることができたのです。
 もちろん、自分以外の全員が死んでいたという事実を知ることとなるのは、解放後のことです。
 

 

 

 

人生の目的としての使命感と幸福感

私には小さな楽しみが有ります。

それは、集めたミニ盆栽(10鉢くらい)を眺めること。スズメに餌をやること。月に1回、一ヶ月がんばったご褒美に、スーパー銭湯(ほの湯)に行くことです。また、同じく月に1回だけ、マンガ図書館でマンガを借りて読むこと。

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