define('WP_SITEURL', 'http://attoh.com'); define('WP_HOME', 'http://attoh.com'); ? 所長Blog日記 | あすなろ会計-広島の税理士

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人生は廻る輪のように・・・ 

 『死ぬ瞬間』の著者、エリザベス・キューブラー・ロスは、『人生は廻る輪のように』の中で、こう書いています。

「まもなく地球がこの悪行を正す時期がくると、わたしは信じている。人類の所業に報いる大地震、洪水、火山の噴火など、かつてない規模の自然災害が起こるだろう。私にはそれが見える。わが亡霊たちからも、聖書に描かれているような規模の大異変が起こると聞いている。

 

それ以外に、人々が目覚める方法はないのか?自然を敬うことを説き、霊性の必要性を説くためにとはいえ、他に道はないのか?目には未来の光景が映っているが、私の心は後に残していく人たちに向けられている。

 

どうか、恐れないでほしい。死が存在しないことを想起さえすれば、恐れる理由は何もない。恐れることなく自己を見つめ、自己について知って欲しい。そして、命を、やりがいのある課題だとみなしてほしい。もっとも困難な選択が最高の選択であり、正義と共鳴し、カと神への洞察をもたらす選択なのだ。神が人間に与えた最高の贈り物は自由選択だ。偶然はない。

 

人生で起こる全てのことには肯定的な理由がある。この世から次の世への移行を目前にしている私には、天国か地獄かを決めるのはその人の現在の生き方であることがよくわかる。命の唯一の目的は成長することにある。究極の学びは、無条件に愛し、愛される方法を身につけることにある。

人生最高の報酬は、助けを必要としている人達に対して心を開くことから得られるのだ。最大の祝福は常に助けることから生まれる。

人生に起こるすべての苦難、すべての悪夢、神が下した罰のように見えるすべての試練は、実際には神からの贈り物である。

それらは成長の機会であり、成長こそが命のただ一つの目的なのだ。」

 

(注:命→魂とした方が意味通じます。訳の問題です。)

 

 

地球的規模で異常気象がおきています

 日本のメディアではほとんど放送されませんが、今、地球的規模で異常気象が起きています。

例えを言えばきりが無いのですが、日本の身近例で言えば「先日の季節はずれの台風4号と5号の同時発生」、先週の関東地方の冷温、最高気温20度に対して、西日本は30度近い猛暑。

先月はアメリカで季節はずれの豪雪かと思うと、最近は欧州(南部)では40度を越す酷暑。日本でも、一日の中で寒暖の差が激しく、また一週間の間でも同様です。そのために、体調を崩している方が大変多いのですが、

体調を崩している原因は、これだけではなく、まったくの憶測ですが福島原発も影響しているかも。

風説の流布になるし、根拠も無いのであまり言いたくないのですが、最近の聞く範囲での症状は、①頭がおかしくなる(=物忘れがひどい、道に迷う、判断力にかける、やる気が出ないなど)、②手足のしびれ、③腹痛や下痢、④倦怠感(体のだるさ)、⑤風邪に似た症状などです。

おそらく、魚などの食物や、先日の台風による雨や空中散布?広島でこの状態ですから、関東・東北は相当だと思います。あと、飛行機内は線量が高いそうなので、出張の多い人や旅行の際は専用のマスクを。

あと、マグロなどの大型魚は控えた方が無難。大手牛丼チェーンの牛肉など論外です。
以上、まったくの憶測です。風説の流布・営業妨害になるのでここまでにします。さすがに、この手の情報、マスコミはもちろん、一般ブログでも極めて少ないです。

いずれにせよ、我々人類は、お金儲け優先の強欲資本主義発展のため、地球環境をここまで破壊してきました。

 

「海から魚が消える日」H22/12/4のBS放送より

本日のNHKのBS放送で「海から魚が消える日」が放送されました。私は、残念ながらチャンネル権が無いので(笑)、クライアントである若き社長サマにその内容をまとめて頂きました。感謝です。

**************************以下原文******************************

 この番組は、人間による漁獲が、既に海の生物資源が回復不可能なレベルにまで増加してしまっているので、きちんと資源管理をしなければならない、という事を科学者達が報告した事について伝えています。

 縮めて言えば、「人口が増えたので、無計画に環境から収奪する事はもはや許されない」、という事になります。

 地球という環境では、外部から得られる太陽エネルギー以外には、何も補充されません。それは閉鎖環境なのです。それに加えて、今現在は地球以外に人類が生存できる場所は得られていません。

 宇宙への入植はまだ可能ではありません。そういう条件下で、その場の人間の都合だけで好き勝手な浪費をすると、地球という環境のストックはどんどん減少します。

「地球」という規模でそれが納得出来ない、という人に説明するためのケースとしては、「イースター島の衰退」が判りやすいかもしれません…。

 面積120平方キロメートル、最も近い人の住む隣の島まで数千キロメートル。かつて森に覆われ、豊かな場所だったその島は、増加した人口を養うためにどんどん島の木材資源を使いつぶし、生態系を破壊し、ついには乏しい資源を巡る島の内部での争いを繰り返し、人肉食が命を長らえる為の手段になるという悲惨な文明崩壊状態に陥ったのです。

 結局、地球も閉鎖環境です。そこに存在している資源の間のバランスを上手くとりながら生活しないと、地球規模でそっくり同じ状態が出現しかねない、という事がいよ
いよ様々な現象として見える段階になってきています。

 人類が文明を持ち続けて」生き延びられるのかどうか…。今ならまだ間に合うという勧告、厳しい行動抑制を要求する勧告を受け入れられるのか、欲望を優先し、目をつぶって目の前の崩壊を存在しないものとして無視するのか…。

**************************以上原文******************************

 如何でしょうか?このような厳しい現実に対し、我々日本人の日常の食生活は有り余って残飯が出ているほど、しかも50年以上の昔では考えられなかったほどの贅沢な食生活。

 一方で年間に何万人もの人間が餓死しているという現実もあります。

 世界的な人口の爆発的な増加や地球環境の破壊によって、いずれ食料危機は必至です。

 そろそろ、我々自身の価値観も含めて、今の資源浪費している生活態度や贅沢な食生活などを見直す時期に来ていると思うのです。

 自分のためでは有りませんよ。将来の日本の、いや未来の地球の子供たち、そして、地球上のあらゆる動植物のためにです。

 さらに言うなら、毎日の食事のたびに

「私たちの日々の食事は、他国の子供たちと未来の子供たちの食生活を犠牲にして、さらに地球上の動植物の命を犠牲にして成り立っている」

 ということを心に刻み込んで、いただくべきだと思いました。そして、もっと質素な食生活に少しずつ戻すべきかもしれません・・・。

 

大寒波の到来!やっぱり地球は壊れている。

某ブログより転載
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/3128639.html

<要約>

今、ヨーロッパに大寒波が襲来しており、ロンドン郊外の空港が大雪で閉鎖2日目、スイス・ジュネーブ空港も一時閉鎖、ドイツも大雪で交通が大混乱。

パリもロンドンも氷点下になっておりますが、『温暖化はどこ行った?』という声は聞こえてきません。何故なら、ヨーロッパの報道機関が、今までの温暖化説の誤りを報じ、一般国民の間で『温暖化説は誤り』という意識が根付いているからなのです。

今、ヨーロッパを襲っています大寒波は地球変動の一つであり、地球は寒冷化に向かっているという専門家の意見を聞き入れ、食糧備蓄をしていた国民が増えてきていたとも言われております。

今の地球規模の気候変動は今後も振幅を激しくしながら更に大きくなっていき、日本・東京でも連日▲10度という厳寒状態になることもあり得ます。

その時の備えは全くという程されておらず、水道管破裂等が起こり、水がない状態になるかも知れませんが、そのような想定は日本ではされていません。

*******************以上、転載おわり*******************

以前、猛暑の折、顧問先向けに地球の熱圏崩壊の記事を掲載しました。
http://www.attoh.com/blog/220824/

暑さ・寒さの調節機能が壊れているのです。(あと、大量の紫外線が降りそそいでいますから冬といえども要注意です。とくに車での運転。)

今回は酷暑から一転して大寒波です。今後、地球は、夏は酷暑ですが短い、そして冬は大寒波で長い、という気候が恒常化し、やがて寒冷化へと覚悟しておく必要があります。

例えば、この夏の酷暑って7月~9月までのわずか3ケ月です。それに対し、この寒さは、おそらく11月から来年の5月が6月までの7~8ケ月の長きに続きます。

日本でも、すでにかなり寒いのですが、この12月から2月は相当な寒さを覚悟しておく必要があるかもしれません。

あと、今後ますます深刻度合いを増すであろう寒冷化の、最も問題となってくるのが、

●食料危機

●伝染病の流行

この2つです。

小麦相場を見る限りでは、まだまだ食糧備蓄は早いとは思いますが、この冬に飲用水の確保だけは、しておいたほうがイイかもしれません。

参考
http://www.y-asakawa.com/Message2010-2/10-message89.htm

 

「坂の上の雲」~NHKの大河ドラマ

いま、NHKで放送中の「坂の上の雲」

明治時代の日本、当時の日露戦争などを主軸に物語が展開されています。主人公は、俳人の正岡子規と、日露戦争で活躍した秋山兄弟

決して戦争を肯定するでも、帝国主義を肯定するでもありませんが、

ただ、この時代の日本には、

あきらかに、今の日本人が失ってしまったもの

「武士道」と「真の独立国家」

この二つが残っていたと、強く感じました。

武士道とは、己を犠牲にして人のために生きる精神

真の独立国家とは、精神的にも経済的にも、他の国からの支配下にない状態の国家

政治も経済も家庭もあらゆるものが、崩壊に向かっているとしか思えない日本の現状。

今の日本人は、いったい何を求めて、どこに向かって、生きているのでしょうか?
 

 
 
ちなみに・・・
 
「武士道」についてですが、私が初めて武士道について知ったのは、高校生の担任の先生から紹介された、

「葉隠入門」(三島由紀夫)

なのです。高校時代から今日まで、繰り返し読んで、私の人生のここぞという時に役に立っています。私に精神的支柱と言ってもいいかも。

この著書の最も有名な言葉

「武士道とは(人のために)死ぬとゆうこと見つけたり」

※人は、(自分が信じた人のために)命を懸けてでも、その役割を果たさなければならない。

こんな意味と解釈しています。

(注)この()内は、本来は「主君」という言葉が入るべきなのですが、原文では省略されています。それは、著者の山本常朝が、独自の解釈で、「自分の愛する人や信じる人のために生きろ」と主張しているのです。全文を読めばそれが理解できるそうで、そのために、当時、この「葉隠」は発禁書となりました。

そして、この武士道の精神こそが、明治維新という奇跡や戦後の高度成長の原動力となったと思っています。

ちなみに、戦時教育でこの武士道が誤った活用のされ方を見てきている80手前の戦中派の実父は、この武士道の真の意味を理解しようともせず、真っ向から否定します。

そのたびに親子喧嘩になります(笑)。

私の今後の残された人生に、ライフワークというものが持てるなら、この「武士道の教えを広く日本の若者に伝えたい」そう思っていますが、今の仕事がね・・・。
 

 

人生を幸福にする3つの事実

人生を幸福にするために必要なことは、次の3つの事実なのではないかと思っています。

①自然との関係性を持つ

これは、個人の幸福レベルを超えて、人類の幸福というべき大きな課題です。自然環境が維持されて、初めて、人間は幸福な人生を過ごせます。昨今の環境破壊による異常気象や自然災害は、深刻な問題なのです。

また、人は自然とふれあうことで幸福感を持つことが出来るようです。ガーデニング、盆栽、釣り、登山、ハイキング、海や山に行くことなど・・・。

自然の対極にあるのが、文明利器の発達です。文明や自然を破壊することが多いようです。文明利器は、人をむしろ幸福から遠ざけるものであることを、多くの著名人が指摘しています。

テレビ、電話、インターネット、携帯メール、テレビゲーム、車、エアコンなど・・・。一見、生活を便利にしているこれら文明の利器ですが、実は環境を破壊し、人との絆を壊し、努力することの大切さを失わせている。文明の発達が人間の退化をもたらすという皮肉な結果です。
 

②人との絆を大切にする

西洋ではこれを「愛」と表現しています。家族愛、親子愛、仲間との絆、隣人同士の絆。現在の日本社会がだんだん失われつつあるものです。

人との絆を大切にするためには、「心の余裕」つまり相手を思いやる余裕が必要です。

そのために、自らの人格を高める意思が必要かもしれません。江戸時代中期に書かれた、武士道の教えを説いた「葉隠」には、こうあります。

「武士道とは死ぬ事と見つけたり」

これは、大事な言葉が省略されています。

「武士道とは(人のために生きて、人のために)死ぬ事と見つけたり」

 

③社会や家庭での役割を果たす(使命感・志)

これは、一般的には仕事のことです。それも自分にとって使命感を持てる仕事。この使命感ある仕事を持てる人はとても幸福だと思います。

この使命感ある仕事は、大概が苦しいものあることが多いのですが、「その苦しさそのものが幸福なんだ」と中村天風師は言い切っています。

また、この社会での役割だけでなく、家庭で父親あるいは母親としての役割もあるでしょう。さらには、子供として両親の面倒を見る役割もあります。例えば、病気や老齢で不自由となった親の介護、大変苦しいものですが、その苦しさに対処できることそのものがやはり幸福なことではないでしょうか。

さらに、この使命感や役割は、別の言い方をするなら「志(こころざし)」です。世のため人のために志を立てること。幕末の志士は、まさに天下国家のために、未来の日本の子孫のために自らの命を捨てていったのです

 

※ちなみに、「幸福感」と「真に幸福な人生」とは違うんじゃないかと、最近思い始めました。

多くの人は「幸福感」を追い求めています。ある意味、苦しさの伴う「真に幸福な人生」は避けているような気がします。

世間一般にいわれている幸福。
↓↓
美味しいものを食べたり、大きな車に乗ったり、大きな家に住んだり、海外旅行に行ったり、会社で出世したり、高い年収を稼いだり・・・。

これらは、一時的な幸福感は有るかもしれませんが、果たして本当に幸福な人生なのでしょうか?

一番いい例が、文明利器のひとつである携帯電話。

先日、家内と近所のレストランに行きました。右隣には若いカップル。左隣には家族連れ。いずれも皆さん会話がほとんど有りません。何をしているのかと思いきや、ひたすら携帯電話を眺めて操作しているのです。

目の前の現実の人を相手にせずに、携帯電話でバーチャル世界の人を相手にしている。これでは、②の「人との絆」は得られないと思いますね。

日本が世界でも屈指の高い所得を得ていても、幸福感が低い人が多い理由かな?と感じた次第です。

(参考)ブータンに学ぶ国民の幸せとは
http://www.murc.jp/report/quarterly/200801/05.pdf#search=

5「ブータン村の風景」からが参考になります。